旅行    バックのマークです押すと戻れます。   

私は長野県長野市下駒沢で このホームページを作っています。自宅は松本です。
どうやって帰るかは 長野県身体障害者リハビリセンターのホームページをご覧いただくと分かります。
2001年5月完成予定。

さて ここでは 私がどういう交通機関などを何故利用しているかをお話します。
私はなんとか歩けますが 言語障害がありますので 混みいった話ができません。従って普段はバスを使って移動しています。安い事もありますがタクシーだと 運転手さんに 言葉が通じない事があり苦労します。

東京に友達に会いに年一度くらいは出かけています。ホテルはあらかじめ予約して頂いていますが 待ち合わせ場所までは自力で行きます。 幸い首都圏は色々な地図が出回っていますし、インターネットでも手に入ります。 それを印刷して、メモとともに持ち歩きます。話をするとき「すみません」と言ってメモを見せます。
 これを言葉でしようとするとご迷惑を掛けます。例えば 長野県身体障害者リハビリセンターの場所が分からない時は私は徹底的に調べたり メールで聞いたりして 事前に調べて行きます。 健常の方は 口で人に伝える事が出来ますが 私はもし聞こうとするともの凄く力が入ってスムーズに言葉が出てきません。そうしますと相手の方もびっくりしてしまい お互いにパニックを起こしてしまいます。 酷いときはお巡りさんのお世話になったこともあります。以前は高速バスを利用していましたが 乗り物酔いが出て来たこともあり最近はもっぱらJR利用になっています。
一人旅は、なかなか気楽でいいです。また書きます。


11/10/2006

10月8,9日に小布施と志賀高原に 長野市の人Daisukeさんと川崎の人MABさんと埼玉の人あたるさんと東京の人なつみさんと私で行きました。
今回は小布施 志賀高原と言うことで ガイド役からコーヒーを入れる役まで 長野市の方にして頂きました。ありがとうございました。
1年ぶりに再会出来て良かったです。長野市の方とは2年ぶり。

10/8

今回は川崎の人が運転をして東京の人と埼玉の人を乗せて上信越道を来るルートと長野市の人の運転で私を乗せて長野道を使うルートに分かれて小布施PAで会う約束をしました。小布施PAはETCの付いた車なら一般道に降りられるからです。

さて当日私は長野市の人Daisukeさんが9時に来ると言うことでそれにあわせて起床し朝食も食べた。おしっこを出しているときにDaisukeさんはやってきた。荷物を載せて9時頃出発。小布施に向かう。長野道 上信越道と北に向かう。須坂長野東ICで高速を降り、一般道を小布施に向かう。渋滞にも遭わず無事小布施ハイウェイオワシス?に着いた。ここで東京から来る人と待ち合わせ。しばらくすると あたるさんなつみさんがこちらに向かってやってきた。車も来て小布施観光に向かう。まずは駐車場に向かう。

小布施観光にて

 駐車場は満車と書いてあったが前の車が入れたので行ったら入れてくれた。有料で前払いだった。
 無事入って歩き出す(私は車いすに乗る)が歩道は木のモザイクで造られていて何とも押しにくそうに感じた。
高井鴻山記念館東門です向かった先は高井鴻山記念館東門だそうです。(パンフレットによる)お金を払い 中に入る 高井鴻山は幕末に活躍されたそうです。縁側に表に出られる抜け穴が掘られたりしていた。建物が幾つかあり中は書絵画などの掛け軸や本などが展示されていた。ここで私はトイレをした。お化けの絵ばかりが印象に残った。









おぶせミュージアム入り口です
 次は北斎館とおぶせミュージアム中島千波館に行った。北斎の絵は両館に展示されており3つの館に回るように設定されているらしい。3館共通券があり皆さんそれを買ったが私と付き添いの一人については身障者割引きを使った。
北斎の絵は迫力が有った。中島千波の絵はきれいだった。桜の花びらが印象的だった。北斎館にいく途中お土産屋さんが並んでいる所を通ったがなかなか賑やかでよかった。北斎館と中島千波館のあいだもそういう所があるらしいが 混んでいて着くのに時間が掛かるので あえて車が通る道の歩道を通った。中島千波館を見た後車に乗り、おぶせワイナリー(ワイン工場)に行った。試飲と直売している所があり そこで試飲をした。なかなか美味しかった。あたるさんが2本買っていた。時間は午後2時頃だと思う。
 小布施観光を終え中野市のどこかで買い出しと食事とかなあ。とにかく出発。

そのご宿に着くまで

中野市に入り志賀高原への道を進んだ。初めはジャスコに寄るとかいっていたが 車が止まった所は 酒屋とかファミリーレストランとかがある駐車場。Daisukeさんは車の鍵を着けたまま どこかに行ってしまった。すぐに戻ると思ったらなかなか来ない。おかしいと思いながらいると 他の人が来てファミリーレストランへ行こうとなった。時間は3時頃である。食べ過ぎると旅館の食事に響くから 皆さん軽いもののメニューから選んでいった。私はサンドイッチ的なものを選び食べた。なかなか美味しかった 店は静かでテレビでサッカーの中継画面が流れていた。Daisukeさんは一度戻ったが買い物があると、また行ってしまったらしい。みんなが食べ終わった頃。顔を見せた。最もそうしないと先に進めない。ファミリーレストランを出て 他の人たちは酒屋で買い物をしたらしい。 私はしばらく車で待っていた。遅い昼食をとり買い物を済まして 旅館に向け出発。

志賀高原に行く途中で雨が降り出した、食事の時に誰かが 「山は雨だね。空が黒い。」と言っていたが その通りでした。カーブの多い登りを進む。目的の宿は蓮池のホテル白樺荘です。結局雨のため景色とかは二の次になった。霧の中 宿に着いた。

下は志賀高原の地図クリックすると大きくなります。

志賀高原の地図です。
志賀高原の地図
ホームページより

宿にて

雨は相変わらず続いた。玄関に急いで入る。そこでしばらく待った記憶がある。部屋は三階だった。ここから部屋までは車いすに乗り行ったが後は宿内は歩いた。無事に部屋に着き荷物を入れ しばらくしておしっこをした。食事までの間 お風呂に行くことになり行った。Daisukeさんはコーヒーを入れるための水を汲みに行ったそうだ。お風呂は温泉だそうだがそれ以上はわからない。気持ち良かった。露天風呂もあったが今は他の方の為入らなかった。何かと介助を受けてどうにか事が済んだ言う感じだった。お風呂を出て部屋に戻った。Daisukeさんも戻り今度はお食事となった。 食事は食堂でした。普通の旅館の夕食という感じでしたが 何があったか忘れてしまった ただ美味しく頂けた。ここでDaisukeさんがストローを買って持ってきてくれた。早速使ってみた。面白いものだった。ビールを飲むが一気に飲むと酔うのでほどほどにした。なつみさんの介助でほぼ食べられた。時々噎せて 隣にいたあたるさんに 食べ物がいってしまった。ごめんなさい。食後部屋に戻ると もう布団が敷かれてあった。

食後Daisukeさんがコーヒーを入れてくれることになり それと共にお菓子とおつまみが出てきたりワインと日本酒が出てきたりした。ワインはにごっていて白ワインは飲みやすかった。コーヒーは凄く優しい味がした。その後は飲みながらテレビを見ながら 食べることをずっとしていた。テレビでは物まね番組をやっていた。最近の人は何が何だか分からないが楽しく見られて面白かった。話している内に なつみさんが北海道出身の人は寒さに弱いという話しをした。何故かというと家の中を暖めてその中で生活するからだそうで 東京に来て寒さの中どうやって生活しているのか不思議だったそうだ。後はハワイ旅行の話とかをした記憶がある。明日の天気の話になり テレビで天気予報の番組をやっているかという話になったがなかなか天気予報の番組はなかった。考えてみれば日曜の夜10時過ぎ やっていなかったが何とか気象情報はつかめた。明日は晴れと分かり一安心。私は洗面所で薬を一挙にのんだ。その後はよく覚えていないが11時過ぎに おしっこをして寝た事しか覚えていないが 今ここでこうして書いているので よく寝ていたのだろう。 

10月9日

宿にて

目が覚めたら朝5時 おしっこをと思ったが どうにも動きがとれない。 しばらくそのままでいた。外は明るかったので天気は良いのだろうとおもった。 6時頃 みんな起きた様な記憶がある。おしっこを出す。しばらくしてMABさんとあたるさんとお風呂に行った。最初は内湯に入ったが露天風呂にも入った。気持ちよかった。お風呂に行ってきた後、荷物の整理をした。皆それぞれ片付けて 食事の時間となり 食堂にいった。食事はメニューは覚えていないがなかなか美味しかった。なつみさんの介助が良かった。ここではあまり会話はなかった様に思う。コーヒーの話をした。部屋に戻り帰りの支度をした。私は薬を洗面所で飲む おしっこは何時と聞かれて「9時」と言ったのでそれに合わせるように皆しばらくテレビをみたりしていた記憶がある。 9時になり私はおしっこにいった。皆さんは買い物の精算をしていたらしい。おしっこが終わってトイレを出るとなにやら書いた紙がある私は幾らだと思ったらDaisukeさんが私に「せんさんは9,000円ね」と言われて払った。これで精算は終わり。後なつみさんに 昨日のパンフレットなどを頂く。Daisukeさんが宿代を払うためそれも払った気がした。今日は何処に行くのだろうとと思いつつ 宿を出て車に乗り込む。 天気は良いし とにかく出発。

5人揃った写真です
この写真だけ大きくなります
ゴンドラリフトです。 山の景色です。
これからゴンドラリフトに乗り東館山頂上に向かう事になっていたが その時は何が何だか分からずに車に乗っていた。山岳道路にしては道が良かった。 やがてリフトの乗り場に着き 寒いのでジャンバーをもう一枚重ね着して向かう。切符を買い 丸い形のリフトに乗った。ゴンドラリフトからの景色が良かった。山はそろそろ紅葉の木と 紅葉盛りの木とあった。

東館山頂上にて

東館山頂上での写真です。リフトが着いて外に出た。 気持ちいい感じがしたが頂上なので足下がおぼつかなく私は看板の所までいくのがやっと。後は座っていた。


展望台からの景色もいいというので行ってみた。
晴れていれば下は長野市まで見えるというが この時は雲が下にあって見えなかったのは残念だったが それでも景色は良かった。遠くに連なる山々が見られた。
ここの売店でちょっとお土産を買った。

展望台と駅と食堂の建物の入り口です 登って来たリフトに乗って 下に降りた。
今登った山を下から見ようと言うことになり車を走らせたが 雲があり 諦めて  清水公園にいった。

清水公園の全体の写真です清水公園にて
公園といっても 水がわき出ていて 木製のベンチがあるだけ。 そんなに広くはないが水を求める人で車が5〜6台あった。
私たちはベンチに腰掛け、Daisukeさんがコーヒーを入れてくれて飲んだ。なつみさんがお菓子を持ってきて チョコとホテトチップを食べた。天気も良くのんびりした時間を過ごした。
コーヒーもお菓子も美味しく頂いた。

さて 白根山まで行こうということになり おしっこの時間を聞かれ午後12時〜1時の間と答えた。車に乗り出発。

渋峠までの道(頂上にて)

連休であり天気も良い。横手山の手前辺りから渋滞にはまった。ゆっくりと進む。途中で景色を見ようにも 駐車場は一杯。途中路肩の広いところで止まり、景色を見た。 渋峠の頂上にやっとの思いでたどり着く。かなり混んでいそうである。トイレをすることになった。山小屋は2件あり 1件は和式トイレしかなく 困っていたらもう1軒は洋式トイレということで行って、おしっこを出した。トイレから出たはいいけれど この山小屋では食事をすることは出来ず反対側に行くが食堂は混んでいて皆焦っている。白根山まで行こうと思ったが渋滞していたので中野へ下山しようとなった。信州中野へ向け出発。 

中野にて

志賀高原を下山し中野市に入った。着いた所が昨日止まった所の向かい側のファミリーレストラン、時間は午後3時頃遅い昼食となった。私はハンバーグを食べたと思う。ここでも皆違うものを食べたと記憶している。食べた後解散になってまた1年後に会いましょうとなって、私はDaisukeさんの車で松本の自宅に出発。

帰路

名前は忘れたが 有料道路を通り 信州中野ICから高速道路に入り 塩尻北インターを目指す。車は多かったが渋滞もなく順調に流れて 4時50分頃私の家に着いた。Daisukeさんは長野市に帰った。他の人も渋滞に遭いながら それぞれの自宅に着いたと私の日記のコメントに書いてある。

反省

自分では 体力が落ちていないと思ったが すごく落ちていた。
でも また会いたいなあ。

画像は他の同行者の人のモノを使っています。 その他介助ありがとうございました。


11/15/2005

2005年10月9日、10日 ネットの仲間3人と 白樺湖 蓼科へ旅行しました。

今回は宿だけ決めて 後はのんびりと行き先で考えようという事になり 8月の終わりに 日と宿を決めた。
後のことは その都度 車での旅行ですので その時点での対応という事になった。

今回は いつも長野市からの来る人が来ないと言うことで少し淋しかった様に思う。

 10月9日

 運転手さんが川崎の人で 一人が東京の人 もう一人が埼玉の人 それと私の4人 関東地方の方は朝早く出たらしいが 連休で混んでいたらしい。 私の携帯メールに 到着が遅れるとメールが入る。 そのうち今甲府とか メールが来てそれを見て 待っていた。 私の家に着いたのは 11時30分頃だった。 荷物を積んで 乗り込み 取りあえず諏訪方面に向けて出発。
国道を走る さあお昼を何処で食べるかが 話題となるが、身障者トイレが着いた所となると限られて来て 諏訪インターの近くの おぎのや に決まり向かう。  釜飯で有名なお店です。
国道は意外に流れがスムーズで 1時間位で着いた様に思った。 駐車場は混んでいた。降りて入り口へ
 入るとお土産がドンとあり食べる所は奥なので向かう。 何があったか記憶にないがセルフサービスで 行き交う人が多かったと思うがテーブルの場所に到着。 お腹はそれほど空いてなかった。結局は釜飯を半分取り分けて戴き食べた。 さてストローでお茶を飲んで そのまましまおうとしたら 「捨てて行け いやこれしかない」という事になり コンビニに寄り買おうという事になった。 ここでトイレをしたが 道具は車の中で持ってきてもらうが 袋のデザインを言うのに一苦労した。 色を言えば良かった。 無事にトイレを済ませ、車に乗り込む。 白樺湖に向かう。

天気はくもり 予報は雨も降るという事。 途中コンビニで ストローを結局わけていただく 余りにもわるかったらしく缶コーヒーを買ったらしい。車は白樺湖に向かい走る。カーナビが威力発揮。 迷うことなく霧の白樺湖に着いた。

白樺湖にて

着いたは良いけれど霧で何も見えず (この状態が2日間 殆どでした。)かすかに山並みが見える程度 皆さん写真せんとなぞの噴水撮影開始 湖畔を少し歩く。途中面白い石の固まりみたいなものを見つける。何だとおもったら 噴水でした。皆さん面白いテーマの写真を写す。 乗り物でも乗るかと乗り場まで足を運んだが 結局止めて 車に向かう。
霧の摩周湖ならぬ 霧の白樺湖でした。



白樺湖から宿までは 山道をまだ登る。時間は十分ある。途中どこかを回った記憶がある。白樺牧場と書いたものがあったが蓼科の方に車は進む。ユウターンして 牧場にもどり宿につく。

宿にて

ホテル

結局今回車いすを使ったのは 玄関から部屋までとなってしまった。ホテルの中は段差あり。歩くより仕方なし。
特にお風呂は滑りやすく大部介助していただく。でも2度入り温泉満喫 有り難うございました。


食事はバイキング方式 私は苦手だけど 良い面もある。食べたい物だけ持ってきてもらえばいい。最初はビールのつまみ、 ピーフシチューなど あとはアイスクリームとケーキ 最後はそばにした記憶がある。皆さん勝手にそれぞれ食べていた。 朝食もそのパターンでいった。

部屋は お風呂と洗面所とトイレが入り口にあり その奥が畳の部屋 奥に板の間があった。
みんなめいめいに場所をとり たばこを吸う人あり お茶を飲む人あり テレビのチャンネルがあっているようないないような感じだったのでなおしていた。
夜は クイズ番組をやっていた。 考えたくない人もいた 考える人もいた。私は自分のことで精一杯 薬が錠剤はなんとか飲めたが 粉の胃腸薬がのめずうろうろしていて なつみさんに 水を運んでもらい 奥で腰掛けて ストローで飲む。

そのうち 夜は更けて 11時におしっこを出して 寝てしまった。

夜中に一度起きておしっこをする 膀胱がパンパン いけない いけない。

10月10日

起きると雨が降っていた。別に予定はない。気ままな旅行である。
このホテル ひにちがらか 場所柄か家族連れが多かった。記憶にあるのは朝食の時 なつみさんの会社で出産保険をかけていて掛け金が高いので 一度使ったらどうだと言われたと言うことだけで 後は何を話したか記憶にない。
私としては 段差が凄かったのでなんとかして欲しかった。 何となく時間が来て 精算をして9時半頃 チェックアウト。ホテルを出る。蓼科山方向に向かう。

天気は雨が降ったりやんだりしていた。

蓼科山に来たのは初めて 晴れていれば 紅葉がきれいそうな 風景で なかなか良いところだった。 ここにいる時だけ天気がよかった。記念写真を蓼科山登山口らしい所で撮った。蓼科山登山口集合写真
皆さんそれぞれの景色を写していた。

せっかくだから 森の中に入ることにした。 
正式には御泉水自然園(おせんすいしぜんえん)と言うらしい。
お金を払い中に入ったが 方向を間違えない様にすることだけ
それと皆さんの歩くスピードに離されないことで精一杯だった。

天気はこの時だけ良かった。普段からある程度は歩きなさいと
いう事かもしれない。

他の皆さんは写真を撮りながら歩いていた。結局1時間位いて 車にもどった 身障者トイレもあったらしいが まだおしっこの時間ではない。でもこの後 午後1時頃まで ビーナスラインを トイレと休憩所を探す旅が始まるのだ。 

 目的はあるようでない松本方面に向かえばいいドライブだった。天気は曇りでもやがかかっていた。そして 何と何と ビーナスラインを時々休憩をとりながら 美ヶ原高原美術館まで来てしまったのだ。身障者トイレはある 食事もできる所ですので降りてお食事からと言うことになった。

美ヶ原高原美術館にて

美術館の彫刻です別に美術館に来たのではない 誰も美術館に入った人はいなかった。レストランに入り 私はうどんを食べた。他の人はそばと 私と同じ物でした。うどんは味は美味しかったが私にとっては量が多かった。半分位で食べられなくなった。外は天気が良ければいい景色だろうが、この時は曇りで霧が覆っていた。食べた後  トイレを借りおしっこをした。
それからお土産を買った 結局5千円使ってしまったが 美味しく頂けたのでいいとしておこう。



帰宅
 とにかく すごい山道を通って 山から下りる。カーナビが威力を発揮して迷うことなく 家まで着いた。午後4時頃だったと思う。 他の人はこれから 関東地方のそれぞれの家に帰らなくてはならない。急いで荷物を下ろして行った。
今回の白樺湖の旅も これにて終わりである。 後 掲示板に 無事に着いたとの報告。

感想
 こういう行き当たりばったりの旅も なかなか良いものだと思った。カーナビに感謝 もちろん行った皆さんにも感謝。

記録が遅くなってしまい 記憶も無くなって これだけの文しか書けませんでした。ごめんなさい。


11/6/2004

船にゆられて佐渡旅行
毎年7月頃から掲示板で その年私は何処に行くかと話題になる 私が冬になると動けなくなるから ここ 三年ばかり 成り行き上 9月の連休になって参加する皆さんを慌てさせてしまっていたらしい。 早速今年は9月は外してほしいとの事で そのようにしたがはてさて どうすればいいのかで 決まったのは10月10、11日場所は私の公共交通機関に乗りたいのと ドライブが楽しめて 海の見えるところという事で 直江津港から佐渡島ということに 8月中には決まってしまった。
 なお今年は 東京から来る人(MABさん あたるさん なつみさん)は上信越道にてそのまま 直江津まで行って 
長野市から参加のDaisukeさんに私の家まで来てもらい合流して行きは私が車を乗り換えて 直江津港まで行き 
帰りは 直江津港で解散となりDaisukeさんの車で 私は松本に帰った。
前日は台風が日本列島を通過して どうなる事かと思ったが 当日は曇っていて のちに晴れて来たが 海はどうか疑問だった。

仕切り線です
10月10日
私の勘違いでフェリーが10時50分に出発と思いこんでいた。もしこの時間だったら大変な思いをしていただろう。実際は13時50分出港。Daisukeさんは8:40頃迎えに来てくれた。荷物(車いすとクッション 衣類のたっぷり入ったリックサック)を積み松代P・Aに向かい出発。天気は良かった。
松代P・Aにて
途中(長野道)で事故らしき事を横目で見ながら 渋滞もなく9:10頃到着した様に思う。P・Aは混雑していた。東京からの人たちは すでに到着していた。なにかのんびりとした感じであたるさんやMABさんと再会し、なつみさんと再会した。この時 もうちょっとゆっくり出来るなあとおもった。休憩している時 携帯のカメラで 5人で画像を写した。今の携帯カメラは 画像が大きくなったり小さくなったり出来るんだと感心した。私かMABさんの車(プリウス)に乗り換えて 30分程居て フェリー乗り場に向かい出発。 さすが 静かに発進したように思えた。
車中にて
途中私は眠ってしまったが 高速道の対面通行は 怖く感じる。しかも所々4車線になるそうなると慣れた人が追い越していく 独特で何となく怖かった。帰りはすごく怖かったか゛行きは明るかったせいと 一度上越に連れて来てもらっているし 車のせいか音が静がでした。目立った渋滞もなくお昼前についてしまった
フェリー乗り場乗船券売り場にてフェリー乗り場にて
 さて車を一晩置く 駐車場について 荷物を出し 乗り場に向かうが 早く着いて静かだった、あたるさんが 手続きをしたが まだ人は少なく障害者割引も大いに役立った様だった。さてお昼ご飯は皆それぞれなものを食べ 私はトイレをして 13:50発のカーフェリーをのんびり待っていた。
フェリー乗り場から 船に乗り込んで佐渡へふねです
改札口から船までは距離があったので 車いすで行くこととしたが エレベーターは別の場所 エスカレーターしかないどうするのだろうと思って係の方に聞いたら 「では先に入りましょう」とエスカレータを車いすを載せるようにセットしてもらい通過した。
小木港についたらの説明もされたが 向こうには専用エレベーターがあるとのことだった。
船のなかー1船のなかー2船室の中は 椅子もなく 広い空間に じゅうたんが敷いてあり 所々に荷物を入れ照りする所がついていた。(2等室)靴を脱いで座って 結局私はずっと同じ場所で 寝たり起きたりしていた ちなみに 大きな船に乗るのは初めてでしたので どういう事になるかまったく判らずにいた 周りはお弁当を広げる人とか 窓の外を見る人とかがいた。時間が来て出港し佐渡島に出発。
船内は静かな時が続いた 他の皆さんは デッキに出たりして 写真撮影をしていた様だった、ゆれはないと言えばないあると言えばある、後変な振動があった。これには 身体がおかしくなった。なんとかしようと思ったがどうしようもなかった。ただ荷物が横にあったので それで行きはなんとかなった。後はのどか乾いたので 飲み物を買って頂きのんだ。そうしているうちに 16:20頃小木港に着き 車いすにのり 船を後にした、
 宿にて
喜八屋さんのho宿は船を降りた建物の 近くにあるのを予約してあり そこに泊まった。場所はすぐに分かりそこまでは車いすをつかったがエレベーターが階段を5段くらい上がった所にあったのて゛そこからはなぜかずっと歩行となった。
 部屋は洗面所 トイレ 風呂が別にあり たたみの居間と 靴で入れる所が ベランダまで続いていた。車いすはその奥の片隅に置かれた。ここでトイレとなり入ったが 入口に段差あり 寝ぼけてはいけないなあと感じた 食事は18:30とし それまでは一応自由行動となって なつみさんは大浴場に行き あたるさんとMABさんは 明日の下見も兼ね そとに行った。私は持ってきた衣類とかの整理?をした 浴衣は着られないと判断して寝間着見たいなものに着替えた。
しばらくしてあたるさんとMABさんがもどって来た お風呂に行こうということになり 私も一緒にいくことにした。お風呂にははいって身体を洗い 脱衣場に戻った。さて折角来たのだから 浴衣を着ようということになった 案の定 長くてまともには着れない。下の方を折り どうにか歩けるようにはなったがその分が上半身にきて なんともいえなかったが 着たまま夕食までは食べた その後はおしっこの都合もあり脱いだ。
食事
夕食のメニューです食事は奥の食堂でした。メニューはかにが一番目立った所にあった事以外余り覚えていないがお刺身といかそうめんは美味しかったことは記憶にある。
ここでは 昔のワープロやパソコンの話をした記憶がある、なにかゆったりと出来たが 浴衣がダブダブで なんとも言えない感じだった。でものんびりしていたので それなりに時間をすごすことはできた。皆さんの介助のおかげで お酒ものめたし 食べ物もたべられた。午後8:30頃部屋にもどった。
夕食の風景
部屋で
行くと布団が敷いてあった。みなさんそれぞれに陣取って テレビを見たり 寝る用意をしていたと思う。私は浴衣をぬいで寝る格好にした。後は水分がほしかった。今回は身軽な格好で 持ち込みとかがなかったので水分が 私としては欲しい でも売店とかは一階で行くのには手間がかかる おまけにお金は金庫のなかに入れてしまった。 という状態だったが なつみさんにお願いしてどうにか手に入れることができた、薬もそれでのんだ。
MABさんは川崎からの運転とアルコールの影響でダウンしながら テレビは見ていた様だった。他の人はあるある辞典を見ながら 運動不足だなあとか言っていた記憶がある。やがてしばらくトランプ遊びをみんなでやった。 私は午後11時頃導尿をして 布団のなかに入った。結局一番遅かった。テレビはf1の放送が流れていたが 見ていないので誰かが消してその日はおわった。

10月11日
宿にて
フェリーの出発が13:00という前提とレンタカーの借りられる時間が8:30は決まっていたのでその時間に合わせて動いた感じだった。
 朝は6:00過ぎに起きたと思う。導尿して着替えをしていたら、すぐ朝食となり 食堂に行った7:30だったと思う。
朝食のメニューはイカそうめんがあったこと以外は旅館の朝食でした。みなさん食欲はあった事は覚えているが その他のことは忘れてしまった、ただ昨日の事で私の席にフォークとスプーンが置いてあったのは有り難かった。

食べて部屋にもどると 出発準備。天気は曇っていた。さて何処に行くのだろう。全然判らないまま チェックアウトになったと思う。レンタカーが来るまでロビーに座って バスに乗る団体さんをみていた。やがバスは出て レンタカーが玄関に来て  私たちは荷物を積み込み 宿を出発した


たらい船に乗る予定だったが そういう気分ではなくなり 狭い道を走り 「矢島 経島」という所に着いた。

 「矢島 経島」にて
たしかに島が二つあり間に橋がかかっていた。一周しようと思えば出来るらしい。私には当然無理という事になりまして矢島 経島にて それでも途中までゆっくり行こうということになり あたるさんと 朱色に色が塗られた橋までは行ったが 先は岩がいっばいで進めなく戻った。 他のみんなも途中でユウターンして戻ってきた。天気は曇りだが 水はきれいでなかなか良かった。 次の目的地へむかった。車に乗ると雨が降ってきた。


沢崎鼻灯台かなあ。にて
沢崎鼻灯台海岸沿いを走った この付近駐車禁止とは書いてあるが 誰も来ないし何もない道路だったので 車を止めて歩いた。しばらく行くと白いものが見えた。ここでは撮影会みたいになった。雨上がりで曇っていた。灯台の近くまで行き 書いてあるものを見たが覚えていない。景色を楽しんで 次の場所 西三川ゴールドパークに むかった。


 西三川ゴールドパークにて
ゴールドパークの建物です。砂金をさがすものですなにか判らない道を行くと 観光バスが止まっている場所が見えた。佐渡は金山があるが 小木からは時間が掛かる、おまけに見学コースに段差有りでは私は無理だろうという事だった。砂金がとれる場所がここらしい。入場してまずは金の使われ方についての展示を見た。それから今でも行われている砂金のほりかたなどを スクリーンで見た。それから実際に砂金を見つけられる所にいき実際にやることになってしまった。さすがに私を気の毒に思ったのか 職員の方が 説明をしながら 砂金を見つけて 私の入れ物に入れてくれた。私も挑戦したが 見つからなかった。時間が来て私はカードにした。他の方は見つけた人がいたと思ったが判らない。お土産を買うところで 私は金塊型のチョコレートとおまんじゅう スプーンを買い、建物を出た。 そこの左側に休憩所があった。私はペットボトルの飲みものを買ったが 皆さんは ソフトクリームとかコーヒーとかを買って飲食していた。 そろそろ行かないと船に間に合わないということで 小木港に向かって出発。途中今回の集合写真がないと気づき 海岸沿いの景色の良い駐車場で写真撮影をする。

集合写真です

 帰路にて
国道530号を小木港のフェリー乗り場へ向かう。時間は忘れたが早く着いて あたるさんは車の返却の手続きに向かい皆付いていった。そこはお土産物を売る所でした 尚昼食は船の中でするようにしたのでその分の時間が空いた。私も お土産を車いすにのり 見た。私はお米の麺というのと トビウオのだしつゆを買った。皆それぞれにあれこれ 買って いた。 乗船時間が近づいた。トイレが目の前にあったので そこで導尿した。 そこから身障者用エレベーターで乗船の改札口に行き改札を待つ。流石に混んでいたが割とスムーズに乗船でき 直江津港に向かった。
 船の中は来た船より 細かく仕切があり 狭く感じた。私は独特の振動に悩まされ 横になることが出来ずその場にじっとしているしかなかったが 他の皆さんは早速お昼にレストランにいった人と 寝てしまった人といた。30分位してレストランに行った人が戻ってきた 私はその場でなにか食べるものはとサンドイッチをお願いしたがなく たこ焼きを食べることになった 熱いので時間を掛けて食べた。飲み物はゴールドパークで買ったペットボトルのお茶を飲んだ。それから直江津まで まだ時間があったので着く直前までトランプを楽しんだ。楽しかったが身体はガタガタだった。食べたり飲んだりししたので下船後 導尿をすぐにやった、車いすでの下船はうまくいったが 直江津のターミナルにはエスカレーターという難関があった。結局私たちは最後に改札口をでた。

導尿後 駐車場に昨日から預けてある車を取りに行き お金を払い駐車場を出て お金を精算して 解散となった。夕方4時過ぎだと思う。そこから 2時間Daisukeさんと私は松本の私の家に向かい高速道を走った。暗くなると怖かった。県境当たりが怖かった。でも 7時前には松本に着き なんとか無事に帰宅となった。その後Daisukeさんも無事に長野市の自宅にもどったとのこと。

感想 良い経験をさせて頂きありがとうございました。 また来年会いましょう。      せんさん

尚写真等は 同行者の撮影したものを利用させて頂きました。


03/10/08

2003年9月14、15日 昨年 長野旅行したメンバーで 岐阜県 平湯と 乗鞍高原に 出かけました。

 きっかけ
7月頃 東京に行きたいと 掲示板に書いたら 昨年 岐阜に行こうと提案した人が いつの間にか長野になったけど 今年は ダムを見に行くかと言うことで 9月に安房トンネルを通り 乗鞍へ行こうとなったと思います 
その掲示板が 急に消えてしまい 急いで新しく 掲示板を作って頂いて書いていきましたので 古い掲示板の記録は だれもないとの事なので私の記憶では そこから始まっていったと思います。
その後は すっかり他力本願となってしまった。ただこちらで 知る限りの事は言っていった様に思う。 マイカー規制等の事。
今回は 宿は早くに決まり ペンション飛騨野という 名前はかっこいい、居心地も悪くはなかったが・・・ まあ 後々話して行きます。
今回の旅の流れは 掲示板にDaisukeさんが書いてくれたものを使います。

9月14日
日曜日、9時すぎに長野の自宅を出発
 高速の坂北PAの近くを走っているとき、あたるさんから電話。
 「いま姨捨SAを通過」、9時50分くらいだった。
 そこで手前の豊科ICで下車、国道19号を走って渚一丁目を右折して国道158号に入り、
 待ち合わせの7-11で買い物とトイレタイム。
 MABさんの車と合流した後、出発。MABさんの車はセルフスタンドでガソリン補給。
 その後、国道を走り続け、11時50分「奈川渡ダム」に到着。
 途中、最初の合流予定地だった道の駅「風穴の里」を左手に見ながら通過。
 ここのパーキングエリアで休憩とトイレタイム。
 15分ほど休憩した後、出発。安房トンネルを抜けて平湯温泉側の出口へ。
 国道471号で栃尾温泉まで走り、右折して県道475号を新穂高温泉へ向かう。
 新穂高では川向こうの村営駐車場に駐車、徒歩でロープウェイ乗り場に向かう。
 途中、村営のレストランがあったのでここで昼食。
 私は山菜定食、なつみさんは中華そば、せんさんはカレー、MABさんとあたるさんのは記憶なし。
 乗り場でトイレタイムを取った後、14時過ぎに2つのロープウェイ乗り継ぎで山頂近くまで。
 再び乗り継いで下山、15時50分くらいに到着。車に戻り、本日の宿泊地に向かう。
 場所は国道471号途中の「ペンション飛騨野」。到着まで、おおよそ20分くらいかな。
 到着後、風呂に向かう。
 けっこう熱かった。露天風呂では久しぶりに長湯したので、ちょっとのぼせ気味。
 その後、夕食(たぶん18時くらい?)。1時間ほど食べた後で部屋に戻りテレビタイム。
 23時過ぎにはみな布団に入る。なつみさんとせんさんはベッド利用
9月15日

月曜日朝、6時過ぎに起床。朝風呂に入る
 6時55分、朝食。7時半過ぎに出発、アカンダナ駐車場に向かう。
7時45分過ぎに到着、50分にバスが出るとのことであわてて駐車してチケット購入、乗車 する。
5分ほど遅れて発車、平湯温泉バスターミナルを経由して乗鞍山頂の駐車場へ。
おおよそ1時間かけて9時過ぎに到着。
途中の車窓はとってもよかったのだけれど、みな寝ていたらしい。
下車したあと、お花畑を一周して戻る。あたるさんとMABさんは山頂目指して別行動。
売店で買い物してから11時のバスに乗るために列に並ぶ。
列は混んでいたけど、臨時バスで対応、12時過ぎにアカンダナ駐車場に到着。
アカンダナという名前が不思議だったけど、この駐車場が作られている山の名前だった。
(旧道はこの山を周回する形で道路が造られている。また安房トンネルはこの山の真下
に造られている)
途中に昼食を取る場所がなかったので、風穴の里まで直行することに。
安房トンネルを抜けて午後1時過ぎに到着。
遅くなった昼食をここで取って、その後に解散。
国道158号を走っている途中、上田バイパス方面の文字を見つけたので、新村交差点を
左折。
梓川の堤防を走り、国道19号に合流。
明科で国道403号に入り、坂北・麻績・聖高原を走って更埴(現在は千曲市と改称)に抜
け、国道18号経由で自宅に戻る。

今回も 関東地方の方々は 朝6時頃に出発して 私の家に午前10時頃に着く予定で 行動しましたらしいです。只昨年も来ているので 運転手さんも慣れていたかはわかりません。とにかく 車いすと荷物を積み込んで Daisukeさんとの待ち合わせのコンビニに出発。

待ち合わせのコンビニにて
松本からは 国道158号線をとにかく西に行けば、目的地には到着します。長野市からの参加のDaisukeさんと何処で待ち合わせをするかを 話していた記憶があります。今はコンビニ店の位置はインターネットで確認出来ます。
コンビニに着くとDaisukeさんは もう着いていました。ここで買い出しとなりました。でも 皆さん そんなに食べたり飲んだりしない?ので 買い込んだほどは食べなかったです。これにはもう一つ理由がありましたと私は思います。
次なる奈川渡ダムに向かい?出発 その前にガソリンを入れたんだ。

天気はまずまずで 良かった。 これが一番大事な事ですね。

奈川渡ダムにて
ながわどダムにて とにかく波田町をすぎた頃から道が分かりにくい。上高地は以前から、乗鞍高原は今年?からマイカーは原則入れない事になって、松本電鉄 上高地線 新島々駅当たりから 駐車場という看板が目についた。
 最も私は 上高地や白骨温泉に行ったのは 小学生の頃 乗鞍高原は 今回が初めてでしたので、えらい所に来てしまったという感じでした。トイレをしたかったが、岐阜県に入ってからということになり 景色を楽しんだ。 ダム湖はきれいでした。なんだか不思議なものを感じまた。そこには駐車場と 一件休憩所があったと思います。
奈川渡ダムの地図です クリックしますと場所がわかります。

安房トンネルを超えて、岐阜県にはいる。

新穂高ローブウェー付近の地図昔は 凄い峠道で 冬季閉鎖は当たり前で 結局 松本から 岐阜県に入るには 国道19号線を南に中津川まで行くか 中央高速で恵那山トンネルを抜けないと 岐阜には入れませんでしたが 今はお金をいくらか払えば あっという間とは行かなくても 峠越えのカーブを揺られることを思えば楽になりました。 一緒に行った人の中には、旧道もいいよねと言うことでしたが 今回は私に免じて 往復ともトンネルを使いました。 まあ高速道の一部ですので これ以上作るのがいいのかは別として 凄いものが出来たなぁと感じました。

パンフレット裏
新穂高ロープウェイのパンフレットより 地図です。

岐阜県に入り 新穂高ロープウェーにて

さて 他力本願で 宿と 乗鞍高原へ行くことしか知らなかった私は トイレは何処でとしか考えていなかったと思います。平湯温泉の宿を通過して、何処へ行くのだろうと思いましたら、あれと思う間に新穂高ロープウェーに乗るための駐車場へ着いてしまいました。さて 歩かなくてはなりません。しかもバリアフリーなんてものにはなっていません。車道を 押してもらって行きましたので ある意味では命がけの事を介助者にさせてしまったなあと思います。お昼も トイレもまだですが ローブウェーの時間等があって 食べろ所がないと言うので 村営の食堂、ここは一応バリアフリーになっていました。 車いすのまま入る。たしかどんぶりものと蕎麦とカレーと言われて カレーを選んだ記憶がありまます。味は結構おいしかった。この時点でもう山岳観光は無理かなあと思いました。食べた後 記憶にはないけれど、後とんでもないトイレトラブルにならなかったので トイレをしたことと思う。

ロープウェイに乗り 展望台へ
なんだか今となっては 寒かった事 1000mも上に上がる感じになった。
チケットです。それでは記録にならないので したの地図でわかることと思いますが駐車場から 第1と第2の二つのローブウェイに乗り 西穂高口駅の展望台まで行った。ロープウェイそのものは 車いすでも十分乗れるが 駅には不便さを感じました。案内がもう少し書いてあるか 人が説明するか どちらかが欲しかった。ちょうど祝日で特別 フル運転とかでしたので 係の方も忙しかったと思います。しんほたかロープウェーの地図ですしんほたかくちえきの表札と温度計です西穂高口駅に着き エレベーターで展望台へ行きました。さすがに新穂高温泉駅から1000mも標高が高いと 心地よい風とは言い難くジャンバーを羽織った、ずっと展望台で 下を見てはゴンドラが来ないか見たり山をみたりして 自然を堪能しました。 なんだか エレベーターで何処に出るかの 案内がわかりずらくて おみやげを買う余裕がありませんでした。

 展望台での写真です 小展望台での写真です上から見えたのは これです。

左の二枚の写真はクリックしますと大きくなります。
但し 少し時間が掛かります。良かったら詳しく見てください。 

帰りはまっすぐに駐車場に 
そして平湯温泉の宿に向かいました。

泊まった宿のホームページ宿にて
この日の宿はペンションに早い内にきまった。もともと私はこういう宿は得意では無いけれど 民宿よりはバリアフリーかなあとおもっていました。 まずは このペンション 原則食べ物、飲み物の持ち込み不可と聞き 缶ビールはそのままとなってしまった。 喫煙も 室内では禁止でした。宿のご主人に一番初めに聞かれたととが 次の日のよていで そこから景色のいいと思われる バスの時間 車の時間を逆算して 朝食の時間が決められた。 あらら まいったねという感じだった。
 部屋はわざと二階にして頂いた。これは少し訳があり。私は 階段は危険だと言われているが 階段の上り下りよりトイレをどうするかが問題だった。洋式トイレは付いていると聞いていたが どのくらいの広さか見当もつかないので 導尿を 椅子の上でしてもいいようにしたかった。場合によっては導尿している所が 丸見えになってしまうこともありなので それは避けたかった。 幸い導尿はどうにかトイレで出来たので 取りあえず 今日は泊まれるとおもった。

お風呂
 宿に着いて 部屋に入り すぐ入ることにした。 夜の時間が限られ、明日は早いし 皆さんの介助を受けるには この時間しかないと思った。 お風呂は内湯と露天風呂とあって 露天に入った 気持ちよかった。ペンションだからしかたないと思ったが 他の皆さんに手すりの代わりをして頂き出入りをした。身体を少し洗ったが 全然洗ったにならず タオルが絞れず困った。 なんとか無事に入ることかできた。内湯は 深くて段が無いため 入ったら出せないよ。と言うのでやめた。 この後のハプニングを考えると もう少し半身浴をしておいた方がよかったかなとも思った、
お風呂から上がって 部屋に鍵が掛かって入れず、なつみさんが お風呂に行ったと思ったので 休憩室で待ったが30分経っても来ない、もうすぐ夕食になってしまうがこない。余りにも遅いという事でフロントに行ったら、鍵はフロントで預かっていたらしい。 結局1時間もただ景色を見ていた。心に余裕がある時はいいかもしれないけれど、待ちぼうけをしがらは 余り身体にはよくない。私は 持参で食べろためのものを持たないと大変な事になる。持っていっても 大変は大変だった。時間が来て 夕食へ食堂に行った。

食事
 今日泊まる方全員が 同じ所での食事でした。一応介助のことも考えて椅子に座ったが やはり食事は悲劇になった。 メニューは忘れたが メインは飛騨牛を炭火であぶり食べるというものでした。そうめんが出て 川魚があったとおもいます。 ワイングラスのワインで乾杯して 食べたが アテトーゼと 嚥下の障害があると 良いことにはならない。あたるさんに見破られたのだが 私は有り難かった。 全介助受けての食事となった。液体はストローでとなり アルコール飲料は効いた。2階に戻れるか疑問だった。 話も随分したけど 記憶に残ってない。野外バーベキューの話は面白かった。 ここでご主人の話があったとおもう。内容は 守って欲しいことだったと思う。とにかく 年齢のせいか忘れるのだけは早い。 1時間位居て 居室に戻ったと思う。

居室にて
 原則食料、飲料は持ち込み禁止とはいえ クーラーバックのなかまでは拝見出来ず Daiukeのバックには ワインが入っていた。 余り騒ぎにせず 後 片付けをすればいいと思い 開けてのんだ。私は水くらいは用意してあると思ったがあまかった。 アクエリアスで対処した。お菓子も持ち込んでいたが、ワインのつまみとはいかなかったのか 手をだした人はわずかだった。 テレビで アニメのことをやっていた。 なつみさんは 連日夜遅くまでの仕事と さらに今日の移動やらと 温泉でのんびりしたのか お休みモードに早く入った。私は 薬を 明日は早いという事があって ワインを飲んでる時にのんでしまった。夜中にこのことが 皆さんの安眠妨害?になるとは気がつかず。 結局私はそこそこ飲んで そこそこ食べて 皆さんのじゃまをなるべくしないように とはいっても なつみさんの 寝姿を携帯カメラで撮らせて頂き なつみさんに 怒られつつ ベットに 必要なものを移動させて お疾呼を出して 寝ました。12時前だったと思います。 

2003年9月15日

宿にて

朝眼が覚めて おしっこだと思いトイレに入って導尿した。時間は5時頃。洗面をして 皆さんの起きるのを待っていた。6時過ぎなんとなく全員が起き出した。中にはお風呂にいくひとも居たが とにかく7時食事で その後すぐ出発という予定が組まれていた。 この時点か 食後かは忘れたが とにかく昨日広げたお菓子の残りとかを きれいにしないといけないと思ったので 片づけた記憶がある。 着替えはいつにしようと思ったが食事前にした。 電話が来て食堂に向かった。
宿の朝食風景朝食は ホウバミソを焼いたもの 後はご飯と汁物とおかずがあった。私は適度に食べた記憶がある。只 余り普段通りにすると 周りが食べ物だらけとなるので 注意した。美味しかった。 
食べて 部屋に戻り出発準備をして 宿代をあたるさんに預けて 部屋を片づける。MABさんは後に掲示板に せんさんは良く動いていたと書いていたが とにかく これ以上 注意事項が増えないように願うのみであった。 7時半頃出発。目的は乗鞍岳です。

乗鞍岳への道

乗鞍道路規制り地図です


以前は マイカーで乗鞍岳の頂上ちかくまで行かれたが 環境保全のため ふもとの駐車場からバスに乗り換えるという方法になった。 長野県側では駐車場の問題も出たが 環境を守る事が 優先された形で そうなったと記憶している。ちなみに 私は 乗鞍へ行くのも初めてでした。 つづく

10/20/2003

アカンダナ駐車場にて
 駐車場が山の中腹のなかにある感じで 見つけ出しにくかったと思う。 前もってバス会社には車いすが詰めるかどうかは聞いてもらいしっていたので、その心配はなかった。手前に車が止まっていたが 「車いす直進」の看板に従いバス乗り場まで車で行き 建物の裏側に車を止めて 必要なものをトランクから出す。乗鞍高原行きのバスは 私たちを乗せたため、定刻より遅れて出発した。何がなんだか分からずのっていた。 

乗鞍行きのバスで
バスは平湯温泉のバスセンターを経由する形になる。バスセンターから随分人が乗ってきて 補助席も一杯になりもう乗れなくなった。結局4人が乗れない状態で発車した。今まで山岳道路を走ってはきたが 車がいないのは初めてで これはいいと思った。 景色が段々高くなっていくのが分かった。随分カープを曲がって行く感じがした。 50分近く乗っていたが 乗り心地は意外と良かった。無事 乗鞍高原バスターミナルへ着いた。トランクを開けてもらい車いすを出して これから恐怖を味わうこととは知らずに 次の場所に行った。

乗鞍高原で
乗鞍高原の写真です木道で動けなくなつているところ乗鞍高原の畳平という所です。車いすで行けたのは 5メートルくらいで 後は木道で意図的に入りにくくなっている 自然保護ののめ仕方ない。 木道の幅が狭くなりました。
 お花畑というところが 木道で一周でるようになっているが 早々に座り込んでしまった。左の右側写真と右下の写真参照の事。 何故というと木道が狭くて私の歩行では 落ちる危険がある。一周する自信がとてもなかった。 仕方がない ギブアップして 待っていた。なつみさんがいっしょに居てくれた。 とてものんびりとした時間になって やっとこういう時間が持てたことを感謝した。 彼女の仕事か忙しいことが話題だったと思う。後は景色がきれいとかいう会話だったと思う。やがて 行った3人が戻って MABさんとあたるさんは頂上へ向かい歩き出した。木道はつづいるところ(左の小さい写真は、クリックすると 大きくなります)
 私となつみさんとDaisukeさんは パスターミナル方面に戻る事にした。車いすをスロープのずべり止めになっている所を利用しつつ上っていって 途中のバスターミナルの建物の裏になる所から段差はきついが あと楽というコースで 建物の裏口へ出て 業者さんの車が止まってる 横を通り郵便局のある建物の方に出た。
 おみやげ屋さんがあったので おみやげを買った 姪っ子にはおちょこというここにいる動物のぬいぐるみで 後は ふきみそと風呂敷を買った。なつみさんは野菜のぬいぐるみが気に入った様だった 後で考えれば 買ってプレゼントにしたらよかったなあと思った。頂上近くまで行った2人が 戻ってきた。段々雲がかかってきて 早起きした甲斐があったなあと 一人が言った。 トイレにそれぞれが行き やがてバスの時間が近くなり列に並んだ。
帰りは来た道を戻る、途中は私をはじめ みんな眠ってた感じ、 50分近くで アカンダナ駐車場に着いた。
 私はおしっこの時間を遙かに超えていたが 水分を摂ってないためしたくくはならなかった。車いすトイレがあったが入れない。駐車場の方に頼んで鍵を開けて頂き おしっこを出した。 後はお昼を食べて それぞれ家路にとなる。

お昼の場所にて風穴の里りホームページより
とにかく 158号線を東に向かい 安房トンネルを通り 松本方面に向かうが 道の駅風穴の里により お昼を食べる 私はたしか蕎麦で ソースカツ丼が珍しいらしく注文した人もいた記憶がある、食事後 みんなで掛かったお金の精算をした。
ここでは駐車場の一角にテントを張り 地物で作ったものを売っていた。 それぞれに時間があったので アイスクリームとか おやきとかを買って食べた。一人はダムの写真を撮った様だったが うまくいなかったようだった。 道の駅は身障者用トイレが無いところが多いがここはあった。
なんだかこのときはゆっくり時間が流れた感じがした。
ここで解散となり それぞれが家路に向かった。
ちなみに 風穴の里のホームページはhttp://www.ktr.mlit.go.jp/kyoku/2_now/4_kaido/4_eki/data/contents/station/nagano/nag14.html
です

家路にて
国道158号から松本にはいり 目的地は私の家となった。国道19号を南へ向かった、途中カーナビが迂回情報を出したが もう国道の方が 色々と考えると早いと思った。 ラジオの交通情報は 上信越道にしろ 中央道にしろ 渋滞しているという事だった。 午後三時頃家に着き 荷物を下ろして 関東地方の人は さっさと去ってしまった。後で掲示板を見たところ 最終地には午後9時に着いたと言うことでした。まあなんとか無事帰って お終いとなった。 

反省他
 今回全員が撮れた写真が一枚もなかった。 尚画像提供は あたるさんのメールと MABさんのインターネットのアルバムがらです。ありがとう。山岳観光ももう少しバリアフリーになりそうなところもあったのでお願いしたいです。今回も一緒に行って頂きありがとうございました。来年はあるかなあと思いつつこの記録も終わりにします。

10/28/2003

集合写真です後日 掲示板に画像がありりませんかと呼びかけた所 集合写真がありましたし色々と画像が見つかりました。http://www5a.biglobe.ne.jp/~mab-hp/gifuofu/で 期間限定だとおもいます。リンクはしていせん。 一枚加工しようと思います。
ありがとうございました。
尚 クリックすると画像が大きくなります。

11/3/2003
その後日 なつみさんからメールがきました。あたるさんの画像がありました。一枚載せました。

きの区切り先手背酢

7/22/2003

7月19日
私が、弟のお嫁さんの実家に 弟夫婦が結婚して10年になりますが 一度も行った事がなかったので 気にしていたらしく 昨年 来年は新潟に連れて行くとはいっていました。 色々と考えて 日帰りにして 日は 7月19日と決まり 行くのは 弟夫婦 姪っ子 私 母 です。
その日は天気予報は雨でしたので お嫁さんの実家に行って 外でお寿司でも食べて 帰って来れたらいいとおもっていました。ついでに日本海でも眺められではいいと 思っていましたのでこれといって 緊張感はありませんでした。
さて 今回は カメラ付き携帯を持っていきましたので 画像がありますが ぼけています。ご承知ください
家を出たのは午前8時過ぎ ゆっくりといけば お昼には 現地でお昼を食べて 実家に行けばいいと言っていましたが なんと 姨捨のpaによりましてトイレ休憩をしたわりには 10:00には 上越に着いてしまいました。

おばすて パーキングエリア高速道路の標識ですさて 予定が大幅に変更とになり 先に実家に行くことになりました。 電話を入れたら 私に初対面のお子様が二人いることが分かりました。 後で聞いたのですが たっぷりと私に関する事を 母親に聞かされていたそうです。

さて実家につきました。 田舎だと聞かされていましたが むしろ 家より色々と便利だと感じました。
実家の地図です。 実家の場所です。クリックすると地図が出ます。

「よいよ 子どもさんとご対面ですが 不安いっぱいという感じでした。 姪っ子と遊んでいました。
後は銘々落ち着くところにおちついた感じです。私はおしっこを出しました。
水族館に行くことになり イルカショーを見ましたが14;00からのにしようということになり その前にラーメンの出前をとる事となりました。ご飯は五目ご飯があったそうで 私の食べやすい分もあったそうですが とにかく 途中 寄っていくかと言っていた ラーメン屋さんらしく 食べたくかったらしいです。 ラーメンは早くに来て 美味しかったです。家の中のしゃしんです
子どもたちもそれぞれに食べました。午前中は お嫁さんの母さんは 豆腐屋さんで働いていて 家事はお嫁さんの父さんがしており お嫁さんも手伝って これは凄いと思いました。でも 自然があって 私には住みやすいなあと感じました。すぐ近くにバスが通っており 直江津までは 30分くらいかなあ お嫁さんは高校の時 家から直江津まで歩いたんだと離していました。姪っ子と そのいとこの子は 遊んでましたが興味はあったらしく お互い 顔を見合わす事も幾度がありました。 お嫁さんの妹さんが来て 旦那さんは 夜中の勤務ということやらをはなしていたようです。水族館に一家9人全員で出かける事となりました。 私はおしっこを出してから 車二台で水族館に出発。続く 

8/7/2003 新潟日帰りの旅の続きです。

水族館と 魚屋さんにて

集合写真です
水族館に着いて 持参した車いすに乗りました。入場券を 買いました。 身障者手帳が効いて二人分は 半額になりました。 中は自由に診ることも 写真を撮ることもできました。ただ 案内の人とか 案内板とかが無かったので 結局どこに行ったらいいやら迷いました。 余裕を持って家を出ましたので イルカショーは楽々みれました。最初の日でイルカも人間も緊張しているみたいでした。でも イルカも個性があり 手を抜く場面もありました。楽しかったです。
左の写真は クリックすると 大きくなります。
水族館の魚の画像です 水族館の魚の画像です 多少のトラブルは有りましたが無事水族館見物終わり お土産を買いに出発。
水族館ぱんふれっとです 水族館の中の せんさんと母 弟の画像です 海沿いを走り どうにか魚屋さんへ着きました。
喉がみんな渇いていたので 飲み物を買う、
新潟のお嫁さんのお母さんは 仕事をして
すぐ来たので疲れたと言うことと 子どもたちに買い物に付き合わせるのは 気を遣うということ。 そこで一台は先に帰る事となりました。続く
日本海の浜辺です日本海の浜辺です。2

8/10/2003  
 新潟日帰り旅行の記録の続きですが ここからは 記録がありません。しかも私の記憶もあいまいですので端的に覚えていることを書きたいです。
 お土産ようの魚が ありました。お嫁さんは なにか試食をしていましたが 遠慮しました。日本海の新鮮なものがいっぱいありました 私は見物だけでしたが 母は 考えて選んでいました。 

夕食他帰路につくまで
お嫁さんの実家は はっきり言ってそんなに広くは有りませんが 気楽に過ごせました。 段々子どもたちもなれてきて一番下の子は もう少しで遊べるかなあという所までふざけてくれました。午後7時過ぎに お寿司が届き わさび抜きのものと わさびの付いたもの 2皿?と舟盛りのお刺身で食事をしました。美味しく頂きました。 やはり海のモノは海の近くで食べるのが一番だと思いました。後は 子どもたちの元気さだけが 記憶に有ります。色々とお土産を頂きました お嫁さんの妹さんの旦那さんが 夜勤ということなので 一端帰ることになったと思います。
9時過ぎに お土産をつんで いよいよ初めての上越旅行も 帰路につきました。お嫁さんたちは 次の週またくるといっていました。

帰路
 中郷インターまで国道18号を南に向かいました。新潟の道の広さ 信号がほとんどない 交差点は立体交差で高速道のインターみたいになっていました。上信越道にはいった所から寝ていました。起きたら 姨捨SAを過ぎたところでしたので 楽しみな夜景は殆ど夢の中でした。 2時間くらいで 塩尻北インターに着き 家に到着しました。

 感想
 運転者には 大変だったと思いますが 生まれた家に 簡単ではないにしても 気楽に帰れる事は良いことだなあと思いました。  終わり


9/20/2002

2002年 9月 15日
 7月頃から私の中の放浪の虫が騒ぎ出してきました。友達にメールで お盆に東京に行きたいと言いましたら掲示板で話そうと言うことになり、あれこれと進めて行く内に、8月は暑くて自殺行為ななると言うことと、一度 長野へ行きたいということになり 今年は 他の皆さんを松本へ(自宅)迎えるとことになりました。
参加したのは なつみさん。あたるさん。MABさん。 ホテルからDaisukeさんです。
 初めの計画は 長野市で そばを食べ 善光寺をお参りし その後小布施に行き 大町の宿に入るという無謀に近いものでした。 でも そこは応用が幾らでも利きます。実際はどうでしたでしょう。

 今回は 車での旅行なので 運転手さんは 並ではありません。 往復900キロ余りの運転です。
 カーナビのついた車で だいぶ役立ちました。 

運転手は川崎ナンバーの車で自宅を出て 東京の世田谷と 埼玉の和光で 一人ずつ乗せて 上信越道に入り小諸ICで下りて、松本の私の自宅に来たのが午前10時半頃 車いすと荷物を載せて 善光寺に向け 出発。

なぜ善光寺かと聞かれるとこまりますが 一昨年から 厄年という事で 今年は私も12月で42歳です、まあ厄払いということにしましょう。 それから晴れていれば 北アルプスや おばすてからの善光寺平の景色を眺めながらのドライブをと企んだ訳でしたが  当日は曇り 雨が降らないだけでも良いかなあと思いました。
一つ忘れていた事があります。 敬老の日でした。

長野にて。


おばすてサービスエリアです 長野道のおばすてPAで 景色をみたりして一休みしました。須坂長野東インターで高速をおりて、長野方面に向かいました。 わりと 長野市街に着くのは早かったです。 さてそば屋さんと探すけれど 善光寺近くのそば屋さんは駐車場が空いていません。駅前のそば屋さんと言おうとは思いましたが 後 車いすを押して 長野の中央通りを歩くのもなんだし 雨が降ったら最後なので黙っていました。
 たまたまそば屋さんの駐車スペースが空いていて そこに入れましたので そばを食べました。午後一時頃です。
そばやさんです。そば屋さんを出て いよいよ善光寺に行きました。 そこで渋滞です。それに駐車場がありません。行く前からの心配が現実になりました。まあ東京では年中そうだとは思いますけれど 疲れます。善光寺の写真です。駐車場を見つけて 車いすを降ろし 善光寺本堂に向かいましたが よく こんなにもと 思うくらい人がいます。本堂へは一応車いすは入れますが 正面に行って諦めました。 結局 本堂の外て゛手を合わせるくらいしか出来ませんでした。他の皆さんは仲見世へお土産など買いに行きましたが とても 私が行ける状態ではなかったので辞めて 門の所でじっとしていました。私は余りに団体さんが多いので考えたら敬老の日だった。善光寺はお寺としては 交通の便がいい所にありますので 比較的お参りが簡単に出来ます。お年を召した方でも行ける所で人気スポットだと言うことを聞いたことがありましたんで 納得しました。
この時点で皆さんは小布施は無理と判断したようです。私は大丈夫かなと思いました。待っているときに 昨年リハビリセンターにいた方と会いました。買い物は1時間位かかったかなあ。駐車場に戻り 車を発進させた時は たしか午後3時くらいでした。 この後大きな事が起こらず過ぎますようにと祈りつつ 次の場所に出発。

来た道を帰り 須坂インターから 高速に入るが 小布施には行かずホテルに向かう。午後五時のチェックインに間に合わない。納得。 麻績インターで下りて 県道長野大町線で大町に向かうが 途中全面通行止めでした。親切なおばさんが慣れた口調で教えてくれました。この時が4時だったと思います。仕方なくというよりどうしようもなく明科町まで戻り なんだか広い県道を ホテルに向かいました。 
まあ それからは 途中判らない所もありましたが、カーナビのお陰で たどり着きました。天気が良ければいい景色だなあと思いつつ 緊張せずにいました。

ホテルで
黒部観光ホテルです。ホテルは黒部観光ホテルという所です。なかなかいいホテルでした。着いたのが 午後5時半過ぎでした。大町市街からは外れますが 温泉の豪華ホテルという感じでした。 荷物を車から降ろして、案内を受けて部屋に行きました五階の奥の部屋でした。フロントや お風呂からは遠かったので 私の移動には車いすを使いました。食事は午後6時半となり その前に他の人はお風呂に行こうとなりました。私はもう一人の方を待つ事となりまして部屋にいました。さて 落ち着いたし テレビでも見るかと思った所に長野市からのもう一人の方が着きました。つい「早かったじゃん。」と言ってしまいました。その方は以前にラジオの収録がこの近くで行われて来ていたそうです。
食事は 予約時に選べました。バイキング方式と 懐石料理です。私はバイキング方式の食事は苦手です。
懐石料理の食べる所は地下にありました。業務用通路とエレベータで行きました。料理内容は・・・です。
・・・の料理の一部です。 おいしく食べられましたし 日本酒をおいしく頂きました。かれこれ 1時間半居たかなあ。この辺から時間感覚が麻痺していました。昔のことを語っていましたが 名前がハンドルネーム(通信用)なのもありますが 話がとんちんかんでした。でも面白くてよかったです。その後の時間は 今では覚えていません。参加した5にんです。 部屋に戻り 明日行くところの確認とお宅に電話して頂きました。その後運転手さんは寝てしまいました。一人が 睡眠時無呼吸症候群で 空気を送るものをつけなければならないと言うので電源のそばに寝ました。音はそんなにうるさくなかったです。朝方換気扇のがうるさかった。私は夜の薬をすべて飲みました。 お風呂が空いてから行こうと言うことになって しばらくテレビをみて居ました。10時半過ぎに 私はもう一人の方とお風呂に行きました・お風呂は空いていて 脱衣所も広くて 良かったです。露天風呂にも挑戦しましたが 出入りが思うより楽でした。1時間ほどかかったと思います。水を飲んで 導尿して 寝たのが 12時頃でした。
後で 聞くところによりますと、私のいびきと もうひとりの歯ぎしりと 運転手さんの寝言がしたそうです。

掲示板に 後日 MABさんとあたるさんが 料理について書いて下さいました。
そう言えば 料理が出される時に 説明がありましたが 私は全く覚えていません。
すみません。ありがとう。 

思い出せるのは、川魚の塩焼き、鰻と蕎麦の海苔巻き、土瓶蒸し、茶碗蒸し、ニジマスのハラコ?くらいかなぁ。あとは、大皿料理みたいなのが6種類出てきましたね。野沢菜、茸のしょうゆ漬け?山菜の和え物?
料理は・・大皿料理は、そば粉のおはぎがありました。後はボタン鍋、蕎麦もありましたね。それと、お刺身、天ぷらがあったと思います。青いビンのお酒おいしかったです。

2002年9月16日

ホテルにて
午前4時頃 目が覚めたが 皆さん寝ているし 私もゴーという音が換気口だと判ったらまた寝てしまった。
起きたのは午前7時前でした。 もう皆さん 起きて活動開始して お風呂にいった人もいました。
まあ 慌てても仕方ないと 導尿して 食事に行ける様にしました。浴衣で寝たからです。
程なく食事に行こうとなり行きました。さてこういうホテルの朝食はバイキング方式です。私は大変苦手です。しかしそこは慣れた同行者さんたち 洋食がいい和食がいい。と聞いて、洋食風で温泉卵とヨーグルトと言うと 選んで持ってきいもらいました。おいしく食べられました。ちなみに飲み物はひたすら部屋にある冷水を飲みました。水分制限されていることやら 後尿意があると やだなあと思ったすらです。 9時にここを出発して南小谷に向かうことになっていましたので買い物は今しかないと思い 買い物はたいと言ったら 一人が付き合うよと言って 売店でお土産を買いました。外は雨です。部屋に戻り 外出服に着替えて 準備をしました。結局 9時を少し超えてチェックアウト。
このホテルは黒部ダムを見に行く人が多いので、皆さん早くホテルを出て 私たちは遅いくらいでした。 
集合写真 小さいものです記念写真を撮りましたが雨が降りますので、私は車の中かせ顔を出し 取りました。 南小谷に向かい出発。

小谷村にて
小谷村の位置です。雨の日の運転は大変そうです。道が 昔30年前よりは当たり前ですが良くなりました。国道を北に向かいました。トンネルをいくつも通り 白馬村を通過 ああジャンプ台だよと思いつつ 北に向かって南小谷に1時間ほどで着きました。(地図はクリックすると大きくなります)一人がトイレに行き 私は電話して戴きました。 目標はコンビニでした。コンビニを左に入ることしか判りませんでした。 その通りに行きましたが それらしい建物が見えません。その先に行ってしまいまして 迷子状態です。
ただ 私は 車いすでコンビニで買い物する事は知っていましたので それを言うと 少し戻ったら 見覚えのある顔が見えました。 案内されて着いた所が凄くきれいでした。 私だけ積もる話もあるだろうからと言う事で「1時間位したらきます」とおいていかれました。9月16日の細沢家の玄関です。(後日画像が送られましたので載せました。大きくもなります。)細沢家は 凄く落ち着いていて、良かったです。本人も 奥さんも お子さんも元気でした。 静かで落ち着いた一時をすごしました。 それと共に長野リハビリが 私になにを求めたのか判った気がしました。わが家では無理ですね。 お茶を飲み お菓子を食べ テレビを見て 少し会話もしました。高校生の子が身長が伸びた話と 犬の話はたのしかったです。山ばかりですし色々と大変そうだと言うこともわかりました。
やがて他の方が帰ってきて お疾呼やるという事で 私はトイレで出したのですが 20分くらいかかりまして、その間 当然何か話していました。私は お茶と漬け物3品とます寿司を一切れ戴きました。細沢さん 奥さん お世話になりました。12過ぎになってお腹もそこそこという事で 帰路に出発。

帰路にて
目指すは わたしの家ですが なにか食べようと 白馬の道の駅に寄るけど お腹も空いていないし 待つと時間が遅くなるし もう少し南に行こうと出発。でも何か食べようという事になり 入ったのはファミリーレストランです。
ハンバーグを頼む。水とかはセルフサービスです。スープを持って来てもらって飲みましたが 何かお腹がふくれて持たないと思いました。ハンバーグとパンは美味しかったです。
 ここで長野からの人とお別れしました。後はとにかく早くそれぞれの帰路につかなくてはなりませんから。先を急ぎました。豊科ICから長野道に入り塩尻北ICで下りて、家に着いたのが午後3時頃です。 荷物を降ろしてすぐに出て行きました。ありがとうございました。

さて その後どうなったか判りませんが、関越道で 渋滞に遭って、午後9時頃川崎に着いたのではないかと思います。交通費は判りませんので リンゴなどで支払います。ご一緒された方ありがとうございました。

反省 車いすのタイヤの空気はいれておこう。

尚画像は提供のものです。大きな画像他 下記のURLをクリックして頂ければ見られます。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~mab-hp/nagano/ です。期間限定だそうです。
リンクのページでも出来るようにしました 、ご協力ありがとうございます。
尚このページでも写真をクリックすると大きくなるものもあります。


10/25/2001

折角長野にいますんで 10ヶ月間 何処に行っていたか 載せたいと思います。
会社名とかは加工してある所があります。ごめんなさい。

サンアップルの位置ですリハビリセンターの位置です
判りますか。オリンピックがあり 大分変わってしまいました。私も慣れるのに時間がかかりました。

バス停の写真
バス停です 一応安全でしょ。

バス路線図です 画像が出るまで時間がかかるよ。バスの路線図です。
大体長野駅まで45分位です。途中に スーパーとかありますが広いけれど遠い。やはり車じゃないとだめだね。しかし安いから助かってます。

ウェストプラザ長野の図です長野駅から一番近い郵便局はと探していたら原野さんが教えてくれました。ただ残念なのは 身障者に優しくはありません。段差がありますし エレベーターと言っても 結局はお願いしないと動けないし トイレも奥まった所にあるらしいので 駅まで行った方がいいと言う感じです。ちなみに郵便局は1階です


2001年8月13日

友達4人と 東京で映画でもみようと計画したのが 7月の終わり。 日は決めずに行くということにして 8月になり 施設外訓練で帰省していた。前の週に家に帰っていたため 本当は体を休ませたかったが 盆休みか 土日しか休みがとれないので 結局急きょという感じになってしまった。
尚15日は用があり どうしても この日しかなかった。 ご一緒した方には 済まないという気持ちはあったけど その後の日程を考えると 体を多少無理させてもいいのは この期間だけだった。
今回は映画を見に行くという目的でしたので 別に場所はお任せと言う感じでいた。まあ 池袋で泊まるのだから 山手線で移動と思っていたが 後で思うと 知らないということは 恐ろしい。

さて今回もあさま4号を使った。 初めてではないので 大体の様子はわかったし 窓際に席はとったので 誰も来なければ 楽な姿勢で行けるとおもった。 案の定隣には誰も座らなかった。東京に向けて出発。
車中で
 アイスクリームを買った。これには訳がある。5月以来 水分を制限して やたらと飲むことが出来なくなってしまった、そこで体力維持と 冷たさの感じる物と言うと これになった。決して安くはないが 美味しかった。 食べて 景色が都会らしくなったのでたぶん高崎くらいから寝てしまって 気が付いたのは東京と言う車内放送。あせった 外を見ると 都会の駅の景色になっていた。神田の駅のあたりで停車したので位置確認OK。用意をした。

東京駅で
着いて降りてもだれもいない あれれと言う感じで歩きだす。程なく他の4人が到着。会話を聞いてびっくり。「新橋からゆりかもめにのる」一回経験があったが なんだか狭くて 立っていった覚えがある。 ましてや 行楽シーズン真っ盛りである まあいいかと言う感じで新橋に向かう 

ゆりかもめ一日乗車券です新橋で
ゆりかもめの駅はいくらか離れているが 一度東京ビックサイト(国際展示場)だかに行った経験がある 距離感はあったので安心だった。問題は切符を買うことです。身障者割引が利くらしいのだが人間がいないので手続きに時間掛かるのです。結局一日乗車券買った。目的地よりはやくトイレになるとこまるからだった。その時点で 行き先はお台場あたりだと思った。始発駅という事もありなんとか座ることが出来た。お台場?に向けて出発。

 ゆりかもめで
 新橋を出ると大きくカープする。 もともとJRの駅に近づけるには そうするしかなかったかもしれないけど もうちょっと工夫があったと思います。建築中のビルをいくつも見ながら進む。海沿いを走るので ビルによっては中が丸見えという所みあり 都会だなあと感じる。何か面白そうな会話をしていたけど なんだかわからなかった。レインボーブリッチを渡りお台場駅に着く 映画館に向かい出発。


お台場で
お台場の地図です最近出来た駅なので身障者設備は整っていました 昨年ここら辺から地下鉄に乗ったがその時も感じたことがあります。とても広いのです。それでいて駅員とかがいない、なにか変という感覚を味わいながら映画館に向かう。駅をでて ホテルの建物を横切って フジテレビに群がる人たちを見ながら建物に入りました。なにかわけが分からないブランドのお店とかがあり トイレに行こうと身障者用トイレを探していく。今回はタイミングがよかったのか 空いてました。おしっこを出してなにか食べようと居酒屋に行ったのが間違えだった、じゅうぶんに時間はあり、食べてからどうしようと考えてたら そこの料理がなかなかでで来ない。みんなそうは難しい物たのんでないぞと思いながら30分くらい待ちまして ようやく出てきた。今回は食べられただけいいと思おうか。
さて 映画となりましたが まだトイレの感覚が出てきました。映画の上映時間きりきりだったので そのまま映画をみました。 

映画館で映画の半券です
映画は「千と千尋の神隠し」というアニメです。この前映画に行ったのはと昔なので辞めときます。テレビでたまたま制作風景をやっていましたので面白そうだと思いました。この夏の映画は考えさせるものや悲しくなるものが多かったので、清々しくなるもの。そして色んな見方が出来る物がテーマでした。トトロを作った人の映画だから そんなにはずれはないとも思い見ました。
面白かったです。見てなぜか切なくなりました。私だけの感覚でしょうかと その時は思いました。たまたま今日18日の夜勤の方がパンフレット持ってて見せてもらっています。パンフレットのなかに監督さんの話があり 本当は切ない話ですと書いてありましたんで 私の感覚はまだ捨てたものではないと思いました。映画が終わっておしっこをを出したら、 5時30分をすぎてました。
池袋まではどんなに急いでも30分 ホテルまではプラス10分なので 6時のチェックインに間に合わない 連絡をしなくては 電話番号をと思ったら 何か携帯でしていて 連絡したよと言う返事、アイモードの位置確認からホテルの電話番号見つけて かけたそうです。お台場の駅に向かう。
このあたりはデートスポットで カップルのアツアツぶりを見せつけられながら ゆりかもめに乗り池袋に出発。
 

池袋で
新橋で一人が帰宅。前日までコミックマートだかの手伝いをしていたとかいないとか ああそうかと思いました。
私は距離感覚はばっちりです これがないと疲れが倍増します。とにかくホテルにチェックイン。定宿で部屋も大体同じですが 今回はちょっと違っていましたので夜に間違えていかないようにと言われ 思いあたる節があるので 見抜かれてると思う。おしっこをだし 居酒屋に行きました。

居酒屋で
5月に行った所と同じ居酒屋に行きました。さて医師よりアルコールはつきあい程度にと注意を受けて しかも5月にはじつはここでお腹がいたくなり 車いすでしたので ホテルにやっともどった記憶がありますので さすがにビールは頼めませんでした。日本酒とおつまみとして豚の角煮他を頼みました。美味しかったです 
ところで他の人は私が酔っぱらうとどうなるかと話していました。ちなみにベロベロになるまで飲んだ事は数回しかなく その時も なにもなかったらしいので どこかの話みたいな包丁を持って振り回すとかの心配はないみたいです。
お盆の期間なのかお客さんは少なかったです 北海道のお店だったのと 一人が北海道出身の方なので その人の話を聞いていました。ラーメンの話と お母さんが料理を鍋一杯つくってしまう話は面白かったです。味覚って子供のころの感覚があって よその土地行くとあわせるまでに一苦労なんだなあと思いました。鍋いっぱい作ってしまうのは家の母もそうですので、どこでもやってるなあと思いました。さて明日は平日なので 男の方二人は仕事 この日も一人は仕事だったのを早引きさせてしまいました。ごめんなさい。今度来る時の注意を聞きながら今度があればいいなあと思ったりしていました。 午後10時頃 ホテルに戻りました。

ほてるで
時間感覚がなく家に電話するが切れてしまう。ドコモの携帯はこの時間はつながりがわるいと実感する。トイレはと どうせ導尿で袋に出すのだからベットサイドでする。 とにかく明日動けるようにしなくてはと水分を取り横になるが眠れない。テレビを付けっぱなしして寝る テレビはリハビリセンターの様に何分いくらではないので助かる 12時を過ぎた頃どうにか寝られた。

続く 14日分

 2001年8月14日

午前5時過ぎに目が覚め 導尿して また横になり 7時に起きるが 10時まではここに居て 後は付き添いが来る という思いがいけなかった。朝食にするものを忘れていた。 固形のものが何もない。 我慢 我慢で9時30分まで部屋にいた。ホテルのレストランの朝食はバイキング方式なので食べられない。
なかなか待ち人がこない。何があってもおかしくはない 電話をかけるが留守番電話。待つより仕方ない。10時半頃には コーヒーでものんで待とうと コーヒーを自販機から買う。飲みながら 携帯の番号聞いておけばショートメールという手があったのにと後悔するが遅かった。
10時40分頃 女の方二人で来ましたが 顔色が悪い。ひょっとして具合悪くなったと思ったが、聞くことが出来なかった。
ただ何時頃家を出たと聞いたら 9時半と言ったので ああそうかと思った。私にトイレはと聞かれて 8時に出したから 大体11時と言ったら ここでやっていったらと言う 今まで身障者トイレでしか導尿経験のない私にとっては冒険だったがうまくいった。
 予定では10時に来たら なにか食べて カメラ屋さんにでも寄ろうと思っていたけど もう11時過ぎ 何も考えられなくて ただ来てくれた事がうれしくなった。体力を使わない方法で行こうと決めた。

ファミリーレストランで
 どこいく 何食べるで 落ち着いたのが 西武百貨店の中のファミリーレストラン。私はカレーなら何とかなると思い頼む 二人はと軽い物だった。とにかくこれで午後1時過ぎまでいたのだから たいしたものである。さすがに家族連れがほとんどで 中には友達とお食事という方もいた。行動観察がほとんどでした。東京に居ると 人間観察だけは出来る。年代は30代くらいかなあ、ふと昨日の映画を思い出す、これが普通の風景かなあとも思う。面白い。適度に音がして 適度とは言い難いけど会話がある。変だけど落ち着いたひとときだった。東京もこれが最後かなとも思った。出てトイレおしっこをだし 地下でおみやげを買いJRの駅に。

池袋駅で
変な勘違いで 200円を使わせてしまった。電車賃。山手線に乗り東京駅へ

帰路
東京駅に着いたのが2時半すぎだったと思う。なにもする元気もなかったが一緒に居たかった。改札を出ると また面倒なのでやめて中の喫茶店に入る。美味しくない飲み物を飲んだ。トイレの感覚がまたして 列車は15:48分発 その時は15時 このまま最低2時間半も持たないと思いトイレがどこか探してもらう。丸の内口の改札近くにチップ式とか書いてあったトイレに入りおしつこを出した。15:30だった。ホームに出る ああそうだった 今回は車いすではないんだ その分早いんだと感じる。ホームは人がいたけど いつもあのくらいは居るような感じ。上り電車の到着で掃除して 3分前でドアが開き乗る 東京を出ると大宮と上田しか止まらない。あわただしく過ぎた 長野へ

今回まだ続きがある。上田に着いた頃トイレを感じる 長野駅に着き バスで帰ろう計画したが無駄とかした。とにかくトイレである 駅の改札内の身障者トイレに入る。 ああタクシー代が痛いやと思いつつ乗る 六時リハビリ着 着いてすぐものすごい雨 よかったと言う感じでした。

反省 やはり無某な旅行はやめよう。 

 随分感情的になってしまいました。これからも無謀でない旅は続けたいと思います。
 みんなに借りてるものを少しでも返す為にも。

これは 私には良いことですが、カメラを誰も持ってなくて 画像がありません。 ごめんなさい。


2001年5月3日

友達3人とあうために 新幹線に乗り 東京に行きました。ホテルは事前に定宿としているホテルを
予約してもらいました。 ただ今回の場合は車椅子を東京都中央区から借りていましたので いつもは
1日だけお世話になり翌日は私一人で帰るってことが出来なく 2日ともお世話になりました。

さて、なにも知らないでやってしまうことが怖いのですが 今回はとにかく友達に会うことが
目的ですので途中止まらない あさま4号を使いました。

車中はなかなか混んでいて大変でした、家族連れとか となりにすわった若い女性二人は直江津からの
乗車券もっていました。

東京駅で
とにかく東京駅は広くてわかりにくいです。着いたとき友達一人はきていましたが あとの二人が
来ません。雨は降るし 混雑するホームで 30分待ちました。
最初は銀座に行こうと言うことでしたが 変更し池袋に向かいました。 車椅子ですと 駅を動くにも
駅員さんと相談し 行けるところ 行けないところがあるんだと改めて思い知りました。
山手線に乗ることになり ホームの端の業務用のエレベーターで 通路におりて またエレベーターで
上がると言うことをしました。 池袋に向かい出発。

池袋駅で
山手線のホームには エレベーターがありません。エスカレーターで改札に移動しました。
エスカレーターはキャスターの当たりが飛び出て固定します。私は始めて知りました。
改札は出たが出口を探してうろうろ ついでに食事もなんて欲張ったのがいけなかった。
結局は西武百貨店のエレベーターにのり ようやく出口に 雨の降る中をサンシャインへ。

サンシャインで
プラネタリウムでもいこうということでしたが 人ひと人で それどころではなく ぶらぶらとして
とにかくなにか食べようと言うことになり イタリアンレストラン???に行きました。
バイキング方式のレストランは 私は苦手です、でも味がよければと 待つこと40分 
中に入ってびっくり 皿がない 料理がない ケーキをとなりのテーブルの人のを見てまたびっくり
ばさばさに乾いてる 一気に食欲減退して 早く出たいと思いました。 

池袋で
居酒屋があくにはまだ時間が早いので 公園に出ました。
雨が止んで 気持ちよかったです。 何する。落語でも聴く。とは言え 移動が大変だといい
しばらくは 公園でたたずんでいました。ホテルにチェックインして おしっこを出して居酒屋へ

居酒屋で
さて そこは日本酒を飲ませるお店でした。 冷や奴とお刺身とおにぎりと北海道のお酒をたのんで
やっと落ち着きました。 他の人も そうみたいでした。昔は建設的な明日があるさだったけど
今は違うよなあ よくハワイまで行ったよなあと言う会話をしました。ひとりが今田中知事の本を
読んでてダム関係のお仕事だから どうかなあと聞いてみたら かえって感心が高まって喜んでるとのこと。
明日は銀座にいこうと言うことになって ホテルに戻りました。

ホテルで
豪華なホテルもあるけれど 私は何を使うでもなく、ただ寝る所だけなので
ビジネスホテルで充分です。車椅子もちゃんと収まって 一安心 寝ました。

5月4日金曜日

連休で曜日感覚が麻痺していて てっきり日曜日だと思い テレビをつけて
ああ今日は金曜日なんだと気づく おしっこを出してと通じもついたし みんなの来るのを待ちました。
チェックアウトが10時だから9時半頃と言ってたなあと思いながらいました。さて9時頃から 隣の
部屋では掃除が始まってドアの開け閉めの音と掃除機だかのモーターの音がしています。
9時半になり いよいよいづらくなって 車椅子に荷物をのせてチェックアウト。会計している時に
一人が来まして ロビーで待ってて 携帯が同じ機種だったので やり方を教えてもらうが ちんぶんカンブン
電話がかかってきて それからすぐ来ました。 

ハンバーガー店にて
私もすっかり現代の人になったらしく、ファーストフードなら何とか食べられます。さすがに段差があり
テイクアウトでハンバーガーを頼んでもらって 近くの公園(昨日とはちがう)で食べました。
後チョコレートとコーラとコーヒーです。
池袋から銀座まで 地下鉄で移動とななり 営団地下鉄有楽町線(ホームまでエレベーター有り)に乗り 
銀座へ

銀座で
着いたのが銀座1丁目駅 車椅子設備があると言っていたけど 紙の上でのこと 確かにありましたが
段差がいっぱいあってそこまでいったので 御神輿の上といっしょ。何とも怖い。
下手な遊園地のジェットコースターよりスリルを味わい地上へ 
さてぶらぶらとして思ったのも デパートのトイレまでで、そこで30分待たされました。
トイレが空かない、空く気配もない、あきらめ銀座4丁目の某デパートに行く。
トイレは5階 エレベーターで直行。空いていてよかった車椅子トイレという感じでした。
おしっこをだしただけで列車の時間まで間に合わないので 歩き出す 
銀座 京橋 オフィス街なのでなにもない。東京駅に

帰路
何もと待つ旅行でした。 東京駅八重洲口から入る セルフサービスの喫茶店があり立ち寄る
駅員と相談 長野駅に連絡しておきますかと言うが お断りする。昨日と同じようにホームに
行き 新幹線に乗る 帰りは疲れていたせいか振動を感じる 16時長野着 リハビリセンターへ

気がついたこと
介助用車椅子は  以外とかさばるし 微妙な動きがとけないので これからは注意。
足おきが凶器になる事もあるので改造の余地がある。

介助の方もいつもより楽だったと言っていたけど バリアは多い。

また会いたいなあ。

                               せんさん

池袋の公園での写真です 池袋の公園での写真です
銀座の写真です 銀座の写真です